■お寺
寺院(じいん)は、本来仏教の言葉で、出家者が起居し宗教的儀式を行う施設の事であるが、現在の日本語では、神道やキリスト教を除く諸宗教の宗教施設を指す語としても広く用いられている(ごく稀にキリスト教教会にも用いられることがある。寺院#仏教以外の宗教の寺院を参照)。英語Templeの訳としては、他に神殿もある。
仏教の寺院
寺院((sanskrit) vihaara、विहार)、俗語で「leNa」(लेङ)。一般には「(お)寺」(てら)と呼ばれる。
寺院の「院」は、中国では宿泊所の意味であり、本来出家している僧侶をその場所に宿泊させたところから名づけられた。日本では、僧侶が定住することから、「院」と付く施設はすべて仏教関係の施設ということになった。
寺院の建造物は、礼拝の対象を祀る「堂塔」と、僧衆が居住する「僧坊」とに区分される。
「堂塔」は、釈迦もしくは仏陀の墓を指すものであって、祖形は土饅頭型であったが、暑さを避けるために傘を差し掛けたものが定着して、中国などで堂塔となった。日本にも中国様式が入ってきて、三重塔・五重塔・七重塔などが立てられ、土饅頭の痕跡を残した多宝塔などが出現する。日本庭園に十一重や十三重の石塔などの多層塔を建てているが、これも同意のものである。
「僧坊」は、インドではヴィハーラと名づけられて、僧侶が宿泊する場所であり、祇園精舎(ぎおんしょうじゃ、jetavana-vihaara)のように釈迦在世の時代から寄進された土地を指したが、次第に僧坊が建設されたり、石窟に住んだりした。中国に入ると僧坊が建設されることが多くなり、堂塔が併設されたので、寺院というと、堂塔と僧坊が同所にあることが普通となる。
最初期の出家者の一時的定住地はaavaasa(住処)またはaaraama(園(おん))と呼ばれた。都市郊外の土地が僧伽に寄進されたものを僧伽藍摩(そうぎゃらんま)・僧伽藍(saMghaaraama)、略して伽藍(がらん)といわれた。出家者の定住化に伴って僧院(leNa=(sanskrit)layana)が形成された。精舎(しょうじゃ)(vihaara)・平覆屋・殿楼・楼房・窟院(guhaa)の5種がある。精舎や窟院では広間と房室を中心として諸施設が整備された。
信仰の対象としての「仏塔」は、はじめ在家信者によって護持されたが、起塔供養の流行に伴って僧院中に建設され、塔を礼拝の対象とする支提堂(しだいどう)(祠堂)と支提窟が造られた。やがて塔の崇拝は仏像の崇拝に代わり、中国・日本の金堂(こんどう)の原型となった。
「寺(じ)」は、役所・官舎の意。西域僧が中国に仏教を伝えた時、はじめ鴻臚寺(こうろじ)に滞在し、のちに白馬寺(はくばじ)を建てて住まわせた。以後、宿泊所に因んで僧の住処を「寺」と呼ぶようになった。「院」は寺中の別舎を指している。
日本語の「寺」(てら)というのは、照蛍の義に由来するとの説、朝鮮語のchyol(thol礼拝)またはchar(刹)より転訛したとの説、パーリ語のthera(長老)の音写であるとの説がある。また、地球を意味する「TERRA」の音写説もある。[要出典]
パーリ語のtheraが直接に日本語に影響したと考えられないとする説もあるが、奈良時代には多くのインド僧が日本に入っていることや、インドの言語が日本語に多分に影響を残していることを考えると、この説がもっとも妥当であると考えられる。
日本の寺院
各地にひっそりとたたずむ寺院は、寺院近在を中心とした檀家と呼ばれる信者を抱え、墓地を保有・管理しているものが多い(檀那寺)。これら小規模な寺院は、神社と異なり檀家以外には門を閉ざしている場合が一般的である。これは他国には見られない日本独特の形態であり、神道が「死」を忌むという観念(穢れ)の違いから一種の棲み分けが進んだ結果である。葬式仏教、日本の仏教も参照。
一方、奈良や京都などにある著名な寺院は、信仰や観光の対象として広範囲に参拝客を集める。長い神仏習合の影響により神宮寺や、仏教の仏も祀る(正確には同一視、本地仏)とされる権現(熊野権現・山王権現など)の存在もあって祈願対象としての社寺の境は極めて曖昧である。神社仏閣などと言うこともある。
■仏壇
仏壇(ぶつだん)とは、一般家屋の中に常設された、仏を祀る厨子であり、
家族の死者を祭る、祭壇でもある。
内部は仏教各宗派の本山寺院の仏堂を模した豪華な作りになっており、
仏像や位牌を納める。
大きく分類する場合は、金仏壇・唐木仏壇・家具調仏壇に分けられる。
広義には、仏を祀る壇全般を指し、寺院の仏堂において仏像を安置する壇(須弥壇)も含まれるが、現代日本語で「仏壇」と言えば、通常上記のように家庭内に安置するものを指す。
広義の仏壇と特に区別するため、仏壇のことを「御内仏(おないぶつ)」とも言う。
起源
仏壇の起源については「持佛堂(ぢぶつどう)→仏壇説」と「魂棚(たまだな)→仏壇説」の2説ある。古代インドでは、土を積み上げて「壇」を作り、そこを神聖な場所として「神」を祀っていた。やがて風雨をしのぐ為に土壇の上に屋根が設けられた。これが寺院の原型である。それを受け継ぎ仏壇の「壇」は土偏である。白鳳14年(西暦685年)3月27日、天武天皇が「諸國家毎に佛舎(ほとけのみや)を作り、即ち佛像と経とを置きて礼拝供養せよ」との詔を出した。それにちなみ全日本宗教用具協同組合では毎月27日を「仏壇の日」に制定している。玉虫厨子は現在に伝わる最古の仏壇と言われる。ただし、この詔は現在の仏壇の直接の起源ではない。
持佛堂(ぢぶつどう)→仏壇説
貴族などの上流階級においては、持仏堂を持つものもあった。藤原頼通の平等院鳳凰堂や足利義満の鹿苑寺などがある。また『更級日記』の作者、菅原孝標女が薬師仏を等身に造って屋敷内で祀ったというのも仏壇の源流である。竹田聴洲によると、上記のような持佛堂が縮小・矮小化し屋内に取り込まれることによって仏間を経て仏壇に変化したとしている。
室町時代、浄土真宗中興の祖である本願寺八世・蓮如が布教の際に「南无阿弥陀仏」と書いた掛軸を信徒に授け、仏壇に祀ることを奨励した。仏壇を作る際に本山を真似たところから、現在の金仏壇の元となる。それゆえ、浄土真宗では仏壇に対しての決まりごとが多い。なお、現在でも浄土真宗において、仏壇の本尊は掛軸であり、菩提寺を通して本山から取り寄せたものとされる。
なお、仏壇は日本独自のもので、仏教国であるタイなどでも見られない。それは寺院が生活の身近にあり、家の中に改めて小さな寺を作る必要がないからであり、供養壇としての流れが加わっているためでもある。モンゴルではゲルの中にチベット仏教の仏壇を設けることがある。
魂棚(たまだな)→仏壇説 [編集]
盆に先祖や新仏の霊を迎える祭壇のことを魂棚(盆棚・水棚ともいう)という。形状は地域・時代によって様々であるが、四隅に竹や木で四本柱を建て板を渡したものや茶卓を使用する場合もある。柳田國男はこの魂棚が盆のみの設置から常設化され仏壇になったとしている。現在、仏壇の起源については竹田のいう「持佛堂→仏壇説」の方が有力視されている。
普及時期
江戸時代、幕府の宗教政策である寺請制度により、何れかの寺院を菩提寺と定めその檀家になることが義務付けられた。その証として各戸ごとに仏壇を設け、朝・夕礼拝し、先祖の命日には僧侶を招き供養するという習慣が確立した。社会が安定し、庶民の暮らしが豊かになってきたことも背景に、庶民にまで浸透した。また日光東照宮などに見るように、元禄期の社寺建築技術の隆盛が各地に影響を与えた。金仏壇産地の多くは、その頃に宮大工が興したと言われている。この点についても諸説存在し、全国的に仏壇が普及したのはいつ頃であるのか今後の研究が待たれる状況である。
補足
鎌倉時代に禅宗と共に位牌が持ち込まれると次第に浄土真宗以外の各宗派で用いられるようになり、江戸時代には一般化した。その位牌を置くために位牌壇を作ったり、浄土真宗を真似て仏壇を使用するようになった。その後、浄土真宗の仏壇と区別するために禅宗様が生まれる。そのために他宗では浄土真宗ほど仏壇に対して厳しくない。
なお神道には仏壇にあたる祖霊舎がある。神棚に神を祀り、祖霊舎には先祖を祀る。これは供養壇が神道風に発展したものである。ただし、江戸時代までの神棚には先祖(33回忌を過ぎた霊の集合体)も同時に奉られていた。寺院の住職家族用の仏壇を特に「御内仏」という。小型の寺院という考え方であれば本堂があるので必要がないはずだが、先祖供養の観点から別途用意されることが多い。
■位牌
位牌(いはい)とは、死者の祭祀のため、死者の戒名などを記した木の板をいう。
木製の位牌に戒名を書き、御仏壇に安置するのが普通です。
位牌には大別して、内位牌(白木位牌)・本位牌(塗位牌)・寺位牌がある。
内位牌
死者の戒名・俗名(生前の姓名)・死亡年月日・享年(行年)が書かれた(あるいはこれらが書かれた紙を貼った)白木の簡素な位牌。野位牌は臨終後すぐに製作され、枕飾りおよび葬儀の際に用いる。土葬の場合は、四十九日の法要あるいは朽ち果てるまで埋葬した上に据え置かれる。火葬の場合は、葬儀後家に持ち帰り、中陰壇(四十九日の法要および納骨式まで
遺骨を祀る臨時の屋内祭壇。)に祀られる。野位牌は、中陰壇を解いた後、焚き上げられ
る。〔内位牌の作成後、野位牌から本位牌に御霊を移動して頂いた後〕。
本位牌
四十九日の法要までに、野位牌から作り替えられる位牌。漆塗りに金箔・沈金・蒔絵が施されるなど立派な物が多い。永く仏壇に安置して祀られる。位牌には札位牌と繰り出し位牌がある。札位牌は、一人あるいは夫婦など二人以上の戒名等が表面に書かれた(彫られた)位牌である(書かれた人が存命中は、朱色の字にしておく。複数名用に巾の広い巾広位牌もある。)。繰り出し位牌は、多数の木の札が重ねて納められた位牌で、木の札一枚一枚に一人の戒名等を記す。
寺位牌
本位牌の他に、菩提寺(旦那寺)や本山に供養の布施と共に納める位牌。寺では位牌堂や本堂内に安置し、朝夕の勤行の際に供養される。
■貸し式場の料金について
東京都には約500件の貸し式場があります。
公共式場、民間式場、葬儀社が所有する式場など各式場によって料金が大幅に異なります。
目安としては
公共(区営、都営)の式場の場合、約50,000円~100,000円。
民間(火葬場隣接、お寺、他)の式場の場合、約100,000円~350,000円。
そのほかにも大きな式場ですと100万円を超える場合もあります。
菩提寺のお寺をお借りするのでしたら、式場使用料を含んでお布施としてお渡しする事が多いので、お寺様にご相談されるとよいでしょう。
このことをふまえ、事前に料金や式場の広さなど、ご葬儀の規模に合っているものなのかどうかを確認しておくことをお勧めいたします。
■生前相談(見積り)はしたほうが良い?
絶対したほうが良いです!
愛する人とのお別れを迎えた時にいつもと同じ精神状態でいる事ができますか?
何も知識が無いために、葬儀社の言いなりで訳のわからないまま葬儀が終わってしまい、きちんとお別れをしたのか記憶も無いうえ、請求書を見たら大変な金額になってしまった。
そんなことにならない為に、葬儀費用の箇所でもお伝えしましたが、きちんとした葬儀社を選ぶのには何社からか見積りを取ったほうが間違いなく後悔しない葬儀を行えます。
その際伝えて頂きたい項目は
①どのような形式で行うのか(仏式、キリスト教、無宗教等)
②予想される人数(親戚が何人くらい、会葬が何人くらい等)
③希望する式場(自宅、菩提寺、近くの式場等)
④ご心配な方(生前見積り対象者)に対する思い
です。
形式、人数、式場が把握できればそれに合わせて祭壇、料理、返礼品などが決まってきますので、よりはっきりした金額が見えてきます。
そして見積りをしてもらっている時に
①担当者の人柄
②細かい事まできちんと説明してくれているか
③見積り担当者と施行(お式の際の)担当者が同じ人なのか
を何気なく気にしてみてください。
愛する人との最期の時間を過ごすのが葬儀です。
そんな大事な時間を任せるのですから、愛する人への思いを理解し一緒に考えてくれた担当者が一番信頼できるのではないでしょうか?
「任せて下さい」の言葉だけで詳細の説明がない、なんとなく馬が合わない場合は担当者を変えてもらうか、他の葬儀社を選んだほうが良いかもしれません。
せっかく気持ちを伝えて見積もりをしてもらったのに、お式には違う担当者が来て伝えていた事がきちんとできなかった...ということが無い様にするためにも生前相談(生前見積り)は絶対必要です。
■葬儀の費用はどのくらいかかりますか?
葬儀を行うなかで、費用を気にされる方が一番多いですね。
この質問が一番答えるのが難しいのですが...
一般に宗教者へのお礼や会葬にいらして下さった皆さんへの振舞いのお食事などが含まれた葬儀費用の全国平均は260万くらいといわれています。
全国の平均ですので、東京近郊の平均を出すともう少し高くなります。
宗教者へのお礼の金額、葬儀の規模(会葬者の方へのお返し物や振舞いのお料理等)、式場使用料...、色々な要素が絡み、それぞれ事情が異なってきますので金額をはっきり「○○円です!」と言えないのが葬儀です。
葬儀の費用は大きく
①祭壇や棺等、葬儀社へ支払う葬儀代金。
②振舞いの料理や会葬御礼品、香典返し等諸雑費。
③搬送車、霊柩車、火葬料、控え室等、葬儀社が立て替える実費費用。
④式場使用料
⑤宗教者へのお礼(お布施等)
に分けられます。
(最近は①~③が葬儀プランとして組み込まれている商品も多数出てきています。)
小さい式場で家族や近親者のみの葬儀ならもちろん全国平均を大きく下回り、大きな式場で会葬者をたくさん呼び、宗教者も呼ぶとなると全国平均を大きく超える金額となります。
葬儀社によっても金額やサービスは大きく変わってきますので、高いお金を払って後悔しないように、見積りなどを取りきちんとした葬儀社を選ぶことが大切です。